Moonlight scenery

       The escape that there is a nap.
 



 欧州の夏は六月からで、冬は温暖な地域でも春は長雨が空を塞ぐものだが、それがすっかりと晴れるのが六月から。由緒正しいリゾート地を抱える地中海沿岸諸国は、バカンスに太陽との縁
よしみを結びたいとする観光客が押し寄せるのを、さあお越しと待ち受けるための準備に余念がなく。
「とはいえ昨今の世界情勢、殊に…政府機関や軍施設ではなく、観光地や市場、学校などなどといった、非力で丸腰の人間が集まる場所をこそ狙うような理不尽なテロが横行する、卑怯で物騒な風潮を慮
かんがみるに。いかに風光明媚で開放的かと同じほど、保安上の万全というものも求められている。」
 欧州地域は特に、揮発性の高い砂漠の諸国と間近い位置関係にあるがため、直接襲われるという判りやすい危険はなくとも、まんまと資金源にされるという形でもまた喰いつかれかねず。
「観光客が麻薬や売春、美人局
つつもたせ系統のカモにされるとか。もっと極端な話では、豪遊中の資産家が誘拐・監禁されて財を絞り取られるとか。」
「確かに、そういうことへの舞台にされちゃあ堪らないわね。」
「しかも通報されにくいから、コトが起こってからでさえ、当局には情報が来ないこともザラですし。」
 白皙の隋臣長殿が肩をすくめて見せ、
「犯罪組織、所謂“マフィア”っぽい存在の干渉や流入は、それこそ小さな国ならではな監視力の充実により、何とか水際で阻止出来ているものの、そんなこんなで安全な国ですよという衆知を、もちょっと広めたいもんですが。」
 豊かさが知れるとカモにされる危険もあり、だがだが、観光資源が柱な国だけに、ご近所の国々に遅れを取るのはいただけない。この情報化時代には“穴場”という要素もまた売り出し文句ではあるけれど、真珠のようなとその知名度の低さを愛でられての、限られた層にだけ親しまれるのも、この際は痛し痒しというところかということで、


  「そういう点をちゃんと説明しておかにゃあと、
   外遊の前にレクチャーの時間を割くぞと前以て言っといたんだが。
   それを聞いてくださる側の、肝心の観光親善大使はどこ行ったのかな?」

  「優秀な護衛官が目下捜索中よ。」


 今度はうら若き書記官嬢が、細い肩をすくめて見せるから…相変わらずみたいですな。こちらさんも。
(こらこら)





            ◇



 地中海に接する小さな半島と、それを取り巻く諸群島とで構成されている、小さな小さな王政国家。国家形態が成立した当時の昔から今現在に至るまで、代々の国王とその血縁の眷属たちにより政権がほぼ独占され続けている、今時には珍しい国ながら、国民たちから不満の声が上がっての政治運動が起きたためしもなければ、議会が王族の専横をなじって紛糾したこともなく。国のすぐ外で世界中の列強国同士が角突き合わせたほどもの大戦争が起こっていた間も、ただただのんびり、平和そのものという空気に満たされていた奇跡の国。それが、ここR王国だったりし。欧州の地図がはっきりくっきり二分されたほどの大戦がすぐの間際で繰り広げられたのに、その余波がなだれ込んで来なかったほどの堅固な護り、いかにも辺境過ぎて、誰の関心も寄せずにいたという表向きの“横顔”は、だが、今世にあってはその知名度の低さが単なる“出遅れ”としてしか機能しておらず。
『別にいいじゃんか。のんきな田舎で。』
 父ちゃんもそう言ってたしよと、しししっと微笑った第二皇子様とて、何にも知らずに言った訳ではないと…注目を集めるとロクなことがないのだ、いっそ忘れられている方が穏便だという点が判っていての言いようだってことは重々承知の、金髪碧眼、長身痩躯、どこの映画俳優さんですかという、綺羅々々しくも麗しいご尊顔をした隋臣長様ではあったれど。

 「秘密裏にテロ組織の資金源になっている…だなんてな、
  不名誉な噂が出回りかけたんですよね。」

 単なる羨望からの偽りの讒言だということは、先日になってやっと…噂の出所となっていた、そっちこそそういう系統のアジテーション組織が一掃されての証明されたのではあるけれど。
「情報とか噂、いわゆる“風評”の恐ろしいところは、どこぞかに活字やデータとして乗った、つまりは形になった以上、どこでどう、引っ張り出されの蒸し返されるか判らないという点ですからね。」
 何も後ろ暗いところはないのだから、様子見なんてする必要はないと、国王陛下も皇太子殿下も胸をお張りの譲らない姿勢なのは見上げたものではあるけれど。彼らほど強腰なこの国の看板には手だし口だし出来ないものでも、

 「ルフィは まだちょっと。
  ロジックや何やでちょっかいをかけられると、
  足元を掬われかねない、覚束無いところがあるからねぇ。」

 渡る世間は鬼ばかり。観光資源しか取り柄はない、何の武装もない…つまりは牙も爪も持たぬ小さな国だが、その実は。そのガードも強固にして機動力ではピカイチという、史上最強の情報組織を持っていることが、列強各国の暗部にはとうの昔っから知れ渡っており。だからこそ、そんな危険な噂が立った程度には衆知されてもいる訳で、見えない敵も数知れず…と来て。
「ナイーブで純真。そんなルフィの良いところを生かした大使っぷりが、今のところは通用してもいるけれど。」
「今のところは、ですよ。」
 ルフィが外遊と共に足を運ぶ機会の多くなる“社交界”というところは、そうそう優しい場所じゃあない。古来より、政治や経済も微妙にからんでの力の均衡が、最もいやらしく絡み合ってる場所でもあるし、故に、極上にして最も早い情報が拾えもし、派手派手しく生まれもするのもまた、そういう“社交の場”だもんだから。
「あいつにうまく立ち回れなんて期待は誰もしちゃあいない。そんな場に慣れてしまっての、スレていってしまわれるのなんて、誰も見たくはないですからね。」
 王族としての鷹揚さや泰然とした威容を発揮する分には問題もないが、言葉のあやなんぞがこじれての応酬が丁々発止というレベルへまで化したら、それはもうもうみっともないばかりの泥仕合にしか発展しない。そんな見苦しいことがただでさえ不得手なルフィだ、ややこしいところへは運ばせぬよう、段取りを取り仕切りもするけれど、向こうから挑発されたら…果たして上手にいなせる彼だろか。

 「そうなった折の合図だとか、定番にしておく言い回しの刷り合わせだとか。
  出立までにやっておくことは山のようにあるってのにっ。」

 近いうちに某国で催される会合への出席が決まっているルフィなので、その辺りをお浚いしておかにゃあと意欲もバッチリ盛り上がってたってのに、肝心の皇子が脱走中。一番の傍らについてたはずの特別護衛官が言うには、
『俺は外からの奇襲に備えて警護についてんだ。護ってる当事者の奇行や行儀に、一々チェックを入れられる権限はなかったはずだしな。』
 ごもっともな言いようではあるが、

 “…白々しいったら。”

 身分や権限分配の関係上、確かに彼にはそこまでを手掛ける資格はないが。規定がなくとも出来たろうこと、いやさ、彼の眸を盗んでの脱走だなんて、それこそ不可能なことだろうってのにね。そんな言いようをされては、
“自分も共犯ですって言ってるようなもんよねぇ。”
 それさえ織り込み済みで、しれっとしていた厚顔さよ。よって、皇子を探すという名目の下、行方を知っているのだろう彼に“皇子の護衛”に向かわせたのも致し方がないことであり、
「ただの“お勉強”じゃあないっていうのによ。」
 どうせ腹が空きゃあ戻って来るんだ、戻って来たら、喰いながらのレクチャー教室としてやると、少々怖い笑い方になっている隋臣長の様子にこそ、こっそり肩をすくめつつ、

 “早く戻って来たほうが得策だと思うんだけど。”

 今回ばかりはどっちの気持ちも判るだけに、難しいことよねと複雑そうな苦笑をしているナミさんだったりもするのである。


  そして………。








 時折吹き抜けて行く風は、微かに潮の香りを含んでおり。遠くに望める地中海…の端っこが、遠くとも実物なんだということを主張しているかのよう。王宮内の翡翠宮。本来は代々の皇太子が使う“東宮”なのだが、あまりに愛らしくあまりに無邪気な第二皇子を、国王陛下も皇太子殿下もそれは溺愛したその煽り。王宮内で最も守りの堅固なここをこそ、彼に使わせようと意気投合しての、王室始まって以来の例外という現状への運びになったのだそうで。そうまで愛されている王室の宝玉、王宮の太陽である坊やは、目下のところ…くうくうとそれは心地よさげにお昼寝中。
“坊やっつっても、もう20代なんだぜ?”
 やんごとなくも穢れを知らない身分の方だから、そう呼んだって特に問題はないんです。
(こらこら) 冗談はともかく、その風貌の稚さといい、行動の拙さといい、坊や呼ばわりされたとて特に不自然さはないほどの皇子様。
“隋臣長がやきもきするのも判らんではないのだが。”
 国際情勢がどうのこうのとか、世情の傾向。国の顔、宣伝部長でもある外交大使なら、お外での言動を滞りなく受け入れてもらうため、ある程度は心得ておかねばならぬ、最低条件でもあるのだろうが。卒のない存在になってしまわれても、それはそれで彼の個性を塗り潰してしまいかねずで。ナミさんのお言いようを借りれば、それもまた あまり得策とは言えないのではなかろうか。

 「………。」

 広々とした庭園の奥向きの、とある四阿
あずまやの…天井部の上。縁飾りが楯となり、下からでは見えない死角になっているのを良いことに、ルフィの行動を知り尽くしている手ごわいサンジやナミから逃れる場所として、最近発掘した“隠れ家”で。ほぼ垂直になってる柱を駆け上がれるルフィだからこそ、怪しいロープじゃ何だも日頃から備えてなくての見つかってない此処を、あっさりと見つけてしまったゾロは、だが。今のところは、他の誰にも内緒にしてやっている構えでおり。

 「…。」

 真ん丸な要素ばかりで構成されたお顔が、今はまだ爽やかな肌合いのする、朝の陽に晒されている。まとまりの悪い黒髪が風に躍っては丸ぁるいおでこをあらわにし、すべらかな頬や、摘まむとあっさり抵抗を引く柔らかさの小鼻へ淡い陰を躍らせてもいて。半開きになった口元は、化粧の紅さえ引いたことがない分まだまだ瑞々しく、少女のそれと比しても遜色は無かろうほどの愛らしさ。

 「ん…。」

 同じ風になぶられて躍った後れ毛が、ふわふかな頬をくすぐると、それを…武骨な所作にてそぉっと避けてやるほどに。寡黙で不器用な特別護衛官殿、今はルフィの側の安息の味方である模様。
“厳しい輩と甘い輩、配分としちゃあ丁度よかろうさ。”
 そんな言いようをすれば、自分らばかりを悪者にしやがってなんて、あの青い眸の隋臣長が怒るだろうから。わざとらしくも権限云々の話を持ち出してやって、向こうから見た“悪者”になってやったゾロであり。そのココロは、

  「………。」

 堅苦しいレクチャーとやら、サボって逃げたには違いないけど、
“ちゃんとお勉強はやる気満々みたいだし。”
 くうすうと眠る王子の懐ろ、まるで小さな子供がお気に入りの絵本を離さぬような格好で、両腕にてしっかと抱き締めたまんまでいるのは、次の外遊先にあたる国の歴史と伝承を綴った分厚い本だったりするものだから。護衛官殿としては…見逃してやるのも致し方なしというところだったのであろう。朝のおやつの時間まであと小半時。それまではこの穏やかなうたた寝を、護ってやるのが使命だと。一昔前には猛禽や野獣のようなと恐れられた、その切れ長の翡翠の眼差し、仄かに柔らかく細めての。坊やのお守り役に専念する護衛官殿であったりするのである。





  〜Fine〜 07.7.18.〜7.19.


  *カウンター 252,000hit リクエスト
    ひゃっくり様 『Moonlight scenery 設定のゾロ』

  *ややこしい国際何たらのコトばっかで埋めてしまった観のある、
   何ともお堅いお話になってしまって申し訳無いです。
   いくらお暢気なお国柄でも、ここんとこの殺気立ってる世界情勢、
   丸っきりの無視は出来ないんじゃないかなとか思ってしまったもんですから。
   でもまあ、この頼もしい幹部たちに守られている限り、
   お立場という方面でも、心だてという方向からでも、
   皇子様、万全なのではないかと思われますが…。

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めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv **

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